逃げろ! 〜劇場版〜 (その12)

「お腹空いたね」

さっきまで元気だった良美が、電池切れのサインを出した。
開園前にゲートに並び、空いているのに先を争うようにジェットコースターを目指し、その後も次から次へと散々はしゃいだ。おまけに朝は狭いFDの中でおにぎりをかじっただけだから、12時を回ってしまえばお腹が空くのも当然だ。
「うん。食事に行こう」
再入場用のゲートで、ブラックライトを反すスタンプを手の甲に押してもらい、エネルギー補給とウィンドウショッピングを兼ねて遊園地に併設されたショッピングモールに出掛けた。

真っ直ぐレストランを目指したけれど、そこに在るのは長蛇の列。

「えーっ? あたし、もうムリィ」
空腹の良美が、への字に曲がったまなざしを投げる。
「わかった。じゃあ、向こうのスタンドに行こう。あっちなら受け取ってすぐ食べられるから、並ぶ時間もきっと短いよ」
残量の少なくなった良美の電池では、到底入口までも辿り着けそうにない。少しでも早くエネルギー補給をしようと、二人は広場にある屋台に向かった。

一番列の短いスタンドに並び、良美の順番がやって来るなり、
「とりあえずビール!」
精一杯の空元気と笑顔で注文した。
「おいおい、それじゃあオヤジだよ、良美。まだ昼間だよ」
そう言いながらも、孝は楽しげな顔をしている。
「仕方ないなぁ。じゃ、お姉さん、枝豆1つと焼きそば2つ。それから烏龍茶1杯ね」
すぐに食べられそうなものを頼む孝の横から、
「ビールお代わり!」
少し精気のある声に戻った良美が、たった今受け取ったはずのビールを飲み干したようだ。
驚く孝にカップを逆さに振って見せ、
「良いの。あたしは運転しないから」
無邪気な笑顔を向けた。

輝く太陽の下で昼食を楽しむ。ベンチでの食事中、お腹が満たされるほどに良美は瞳の輝きを取り戻す。辺りには、薄茶色の煉瓦作りの歩道と、夏を照り反す白い壁。迷路のように並んだ店舗。まるで異国の風景に、不似合いな人混み。青と黄色のパラソルの前、小さな子供を肩車してほんの少し疲れを見せている父親。
「ねぇねぇ! あれあれ!」
すべてのものが新鮮に映り、良美は何かを見つける度に叫び声を上げた。

食事が終わると孝の手を引き、ウィンドウショッピングに繰り出す。買いもしない小物を漁り、キーホルダーに自分の名前を見つけては喜ぶ。湖畔に建てられたショッピングモールでは、焼けた太陽さえも二人に嫉妬していた。

太陽が、長かった1日にさよならを告げ、黒く広がる雲の後ろからその存在を薄く伝える頃には遊園地に戻った。派手に上がるという花火を見るためだ。

暗くなっていく空に急かされてあちらこちらにライトが点り始め、光のシャワーに溢れた夜景を見ようというカップル達が、観覧車の回りに集まってきた。
夕闇に浮かぶようにポッカリと照らし出された遊園地で、ジェットコースターが女の子の黄色い声を乗せて飛び回っている。楽しかった一日を惜しむように、ギリギリまで叫んでいたい気分なのだろう。ここだけが違う空間である錯覚を、全身で抱き締めていた。

突然、思いの外曇った空からほんの小さな水滴が落ちてきた。
「あっ、雨だ」
「えっ?」
孝の微かな呟きに、「何を言ったの?」という問い掛け。そして孝の答えよりも先に、空からの返事がやって来た。
「あっ! 雨だ!」
良美の驚く声。
次第に強くなる雨足から逃れようと観覧車に続く列が崩れ、若い恋人達は一番近い屋根に駈け出した。
「花火、やるのかな?」
逃げ込んだドリンクスタンドの軒下で、良美が不安気に尋ねた。地面に跳ねた雨は、もうふくらはぎを濡らすほどになっている。良美に歩調を合わせて遅れた孝達は、辛うじて軒の端っこに向かい合って立っていた。
もちろん良美を内側にして。
「孝、こっちへおいでよ。濡れちゃうよ」
長い髪の雫を払いながら、彼女は自分の隣を指して言った。子猫が忙しく動き回るような仕草が、とても可愛らしい。
「いいよ、ここで。良美が濡れちゃうだろ」
薄く笑った背中を、雨粒が叩いた。ほんのささやかな優しさで、孝は良美だけを守りたかった。降り込む雨が、彼女の心まで冷やしてしまわないように。
「優しいのね、孝は。でもあたしはお姫様じゃないのよ」
孝の腕をつかみ、自分の横の少しだけ空いているスペースに、その体ごとねじ込んだ。
「やっぱ強いね、良美」
「あたし達はイーブンよ」
顔を見合わせて微笑む二人に、雲の向こうの太陽も微笑んだ。

夏の夕立はじきに降り止み、場内アナウンスが予定していた時刻に花火を打ち上げることを告げると、狭い軒下で雨を凌いだ人々はこの遊園地のシンボルである海賊船へと向かった。

花火のBGMは、ノリのいいアップテンポの曲に始まった。大きな打ち上げ花火が立て続けに上がり、仕掛け花火が客席を照らす。夜空のスクリーンにレーザーが光る。ライトアップされた海賊船が浮かぶプールには多くの音響装置が並べられ、美しい音とメロディーを次々と投げ付けてくる。
花火の弾ける音と大音量のBGM。良美は今にも踊りだしそうだ。

そして最後はメローなバラードが流れ、高いテンションを持続した1日を丸ごと焼き付けた。



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