逃げろ! 〜劇場版〜 (その2)

ショッピングと言っても、今夜の二人の目的はウィンドウショッピングだ。クリスマスデコレーションの小さな光たちが、色んな角度で反射する。二人はガラス越しの鏡に写る光の粒さえ楽しみ、そして白い息が会話を伝え始めた頃、家路についた。

タワーパーキングからセブンが出て来るのを待っていると、停める時にも居た人懐こそうな係員が二人を覚えていて、お決まりのフレーズを投げてきた。

「あの車、雨が降ったらどうするんですか?」

こんな時、孝はいつも笑顔でこう応える。

「濡れます」

三人が笑ったところで、セブンが下りてきた。

係員に手を振り、国道に出た。孝は所謂「暖気」をしない。「地球が可哀想じゃん」とふざけて言うが、ホントは「エンジンだけ暖めても、ミッションやデフとかの駆動系全部暖めないと、意味がない」というのが孝の主張だった。

そして国道を、制限速度プラス10km/h程で流す。ゆっくりと駆動系まで熱を伝える、孝の流儀だ。

やっと水温計が65℃を指した頃、後ろから、50km/hは速度差がありそうなベンツが、けたたましくホーンを鳴らしながら追い抜いて行った。

師走の街。慌ただしさは日本中を駆け足にしている。そんな状況においても、良美は助手席で毛布にくるまり、平然と夜の灯りを楽しんでいた。

オービスと呼ばれる自動速度監視装置が点在する辺りに来ると、車の流れは一気に遅くなる。孝も周りの車に合わせて流していたが、信号待ちで先頭に出てしまった。

「次は3つ先の信号だな」

無意識の中でオービスの位置を確かめ、バックミラーとサイドミラーで周囲の安全を確認する孝の視界に、1つ手前の交差点を勢い良く曲がる車が飛び込んで来た。

高周波の独特な排気音。すぐにフェラーリだとわかった。

意味の無い激しいブレーキングで、セブンの右にフェラーリ360モデナが止まる。1430kg400PS、パワーウェイトレシオは3.575kg/PS。助手席ではケバ目の女が大きな手振りで何やら叫んでいるが、フェラーリがやかましく繰り返すブリッピングで、声は聞こえてこない。せっかくゆっくりと流れる街灯りを楽しんでいた良美は、眉をしかめて一言だけ言った。

「やっちゃえば?」

お互い2名乗車。パワーウェイトレシオはイーブン。

良美に微笑みかけると、孝は一度大きくアクセルを煽り、1速にシフトを入れた。

交差する道路に向かう信号が黄色に変わり、赤になったタイミングでアクセルを踏む。隣はブリッピングを繰り返しているが、孝は4000回転をキープしたまま回転を上下させない。その昔、孝が二輪のレースをしていた頃、ブリッピングによってスタートのタイミングがずれることを嫌って始めたテクニックだ。今ではF1さえも同じ事をしている。

そして信号が青になる瞬間、擦れ合う2枚のディスクが伝える力を感じながら、ミリ単位の操作でクラッチを繋いだ。

フェラーリはフライング気味にスタートしていた。

セブンは僅かなホイールスピンを引きずりながら、最大限のグリップに弾かれて追いかける。だが、真冬の凍てついた路面はフルパワーを許さない。ホイールスピンが多くなった瞬間を狙って2速にシフトする。

ミラーが反射するライトに焦ったのか、踏み込み過ぎたアクセルが災いしてフェラーリのテールが左にスライドを始めた。徐々に近くなるフェラーリ。ステアリングを拳半分左に切り、白煙を上げるリアタイヤを緩やかにかわして3速。ここでフェラーリは半車身程後ろに退さがるが、依然甲高い排気音を撒き散らして追いかけて来る。4速に入れて2車身以上離したところで、1車線分左に避けてブレーキを踏んだ。

一気に速度の落ちたセブンを、フェラーリの男が一瞬睨んで抜いて行く。「あいつ知らないのか」と思った次の瞬間、オービスが光った。

フェラーリが横を過ぎてからのハードブレーキングによって、セブンは既に制限速度プラスアルファ。

安全圏に入っていた。

良美は隣でVサインを出して笑っている。

「狙ったんじゃないからね」

フェラーリに向かって光ったオービスのことを、言い訳っぽく良美に伝え、孝も微笑んだ。

ヤケになったように高い排気音を響かせて、フェラーリは遠くなって行った。



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