逃げろ! 〜劇場版〜 (その3)

吐く息は白く、頬に当たる風は冷たいが、夜景の街を楽しむ時間を取り戻した良美は上機嫌だった。街と良美を遮る物は何も無い。

一般に「クルマ」とは、人間が乗り込める大きさの箱に4本のタイヤを付け、周りが見渡せるようにガラスで囲まれている。この状態から、ガラスの下側に線を入れて上側を切り取り、おまけにドアの高さを半分にしたような車。
もう少し想像力を豊かにするなら、カヌーの両脇に、飛び出した状態でタイヤを付け、乗り降りし易くドアに相当する部分を切り取った形。

ちょっと極端だが、それがスーパーセブンだ。

実際のセブンは、細いパイプを組み合わせたフレームに、薄っぺらいアルミニウムの皮を張ってあるだけなので、現代の軽自動車よりも軽い。そんな軽量な車体に、1300ccクラスのエンジン2個分の力強いエンジンを積んでしまった孝のセブンは、所謂「スーパーカー」と同程度の俊敏さを持っている。

そんなセブンの軽快さと、バイク以上の解放感。窓ガラスを透した現実感の無い風景より、手を伸ばせばいつでも触れられそうな景色が、良美には宝物に思えた。
ドライビングテクニックも含めて、信頼する孝の横で流れては過ぎて行く夜の街並みを眺めながら、心は真綿の温もりに包まれていた。

「あ、孝。ケーキ買って帰ろうよ」

ウィンドウショッピングだけのつもりだったが、過ぎ行く街のイルミネーションを見てるうちに、今夜見たクリスマスのざわめきを家に持ち帰りたくなった良美は、不意に浮かんだアイデアを伝えた。日頃甘い物は口にしない孝だが、良美の言葉がとっても素敵な事に思えた。頭の中で地図を広げ、遅くまでやっているスーパーを目指した。


目指したスーパーには、同じ敷地内にレストランやボーリング場もあり、利便性の良い平面駐車場は車が溢れていた。その混雑に閉口して、孝は地下駐車場に向かった。

二人とも、本当は地下にある駐車場は好きではない。コンクリートの冷たさと乾いた砂の臭いが、反射する排気音と共に閉塞感のボリュームを上げる。ただ、地上より暖かい事だけは受け入れられた。

地下駐車場も、結構な賑わいだった。売り場に向かう買い物客とすれ違うと、それぞれがこの酔狂な車を見つけて笑顔や称賛の言葉を投げる。そんな場面では、良美は微笑んで手を振り、孝はどう対処して良いか分からず黙って正面を見据える。良美は「どう? カッコいいでしょ?って、笑顔を向けてあげればいいじゃない」と言うが、孝にはできない相談だった。

そうやってお姫様を乗せた従者のように、駐車スペースを探してパレードなみのスピードで走っていると、盗難防止装置が付いた何台かの車が悲鳴をあげた。セブンのマフラーは、助手席の真横に出口がある。以前、「眠いから」と良美に運転を代わってもらい、寝ぼけた頭を目覚めさせようと助手席で煙草を吸っていた時、吸い終わった煙草の火を地面で消そうと手を伸ばした孝は、そこにあったマフラーで軽く火傷をしてしまった。

孝は一発で目が覚めた。

そんな短いマフラーから出る排気ガスの圧力に揺らされ、振動を検知した警報器が警告を放つ。
「やめろ! 悪戯するんじゃない!」と車が叫ぶ。
ところが、悪戯どころか誰も触ってもいなかった。

スーパーからは遠くなったが、ファミリーレストランの地下入口近くに空きスペースを見つけて車を停めた。

ジェットコースターさながらの4点式シートベルトを外し、センタートンネルと乗降部に手を掛け、両腕で上体を持ち上げてお尻を抜き、左足をシート近くで踏ん張ってから右足を外に出す。
セブンに乗り降りする時の作法だ。
ドアがないのだから、鍵など付いていない。

二人は貴重品を身に付け、1階にあるケーキ売り場に向かった。



<まえへ  Home  つぎへ>

inserted by FC2 system