逃げろ! 〜劇場版〜 (その6)

「な〜んだ、もう終わりかよ」
すっかり戦意を喪失した相手に、孝は明らかな落胆を表した。
今はもう白いバンの後ろについて流しているが、フェラーリは距離を置き、襲いかかってくる気配は無い。

「そろそろ、腕痛くなってきたよ。帰ろう」
ずっとケーキを宙に浮かせて、右腕を緊張させていた良美が言った。

「そうだね。よくがんばったね。ありがとう」
緊張を解くように運転席から手を伸ばし、良美の右手をそっと押さえた。
右半分を移動していたスピードメーターの針が一気に制限速度辺りに落ちると、体感速度は新幹線から自転車にまで変わる。横を流れていた光の河は、今ではウィンドウショッピングをしていた時と変わらない、一粒一粒の小さな輝きだ。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん。帰ろう」
二人の笑顔を、星が見ていた。

のんびり走って家に着いた頃には、街灯に小雪がきらめいていた。パーキングエリアに停め、良美の車のトランクからカバーを取り出して掛けた。

「お疲れさま」
予定外の全開走行を強いてしまった事を思い、孝はセブンに囁いた。
玄関を開けると、奥の部屋では良美がこたつに赤いテーブルクロスを掛け、シャンパンとケーキの準備をしていた。
クリスマスソングのBGMも忘れていない。

「ねぇ、ケーキ出しといて」
テーブルクロスには、シャンパングラスとプレート、小さなフォークが2セットと、箱のままのケーキとナイフが置かれている。手早く手を洗い、ケーキを取り出した。

「あっ」
小さく驚いた孝の声に、良美がのんびりと反応し、シャンパンを持って様子を見に来た。
「やっちゃってる?」
「ううん、軽傷」
取り出されたホールケーキは、2ヶ所が少し潰れてた。
「あの横断歩道だね。それまではあたしの技は完璧だったもん」
鼻の下をこするしぐさをして胸を張り、得意気に話す良美が可笑しかった。
「なによぉ。なんなら、もうひとつの技も見せようか?」
言うが早いか良美の指先が生クリームをすくい取り、孝の唇に塗り付けられた。
「えっ、これ何の技?」
「これからよ。あたし、キスも上手いでしょ?」
悪戯っぽく笑う良美が孝の腰と肩を抱き、カーペットの上に優しく倒した。



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